文化の中ではしばしば、リアルタイムではほとんど評価されなかったものが後年多くの人に発見されるということがある。
私が好きなDusterというバンドを例に挙げると、このバンドは2000年に活動休止した後、約20年の時を経て、この数年で爆発的に再評価されている。
彼らの見え方として、約20年の沈黙の後、Numeroという名門レーベルからの再発やTikTokでのバズにより「発見された」という見え方がある。かく言う私もこの流れの中で初めてこのバンドを知ったのだが、少し調べると「20年の沈黙」の部分は、必ずしも事実ではないことが分かる。確かにバンドは沈黙していたかもしれないが、リアルタイムで彼らの音楽を聴いていた人たちを筆頭に、数十人ほどの熱心なファンが、20年間ずっとネット掲示板で彼らの未発表音源や別名義音源について語り合っていたり、レーベルに再発を求めたり、Rate Your Musicでの評価の上昇など水面下では常に求められていたバンドでもあった。
これを、「良い音楽を残しさえすれば」という「必然」や「報われ」の物語としてではなく、「熱心なファン」と呼ばれる人たちの内実の話として書いてみたい。
彼らがpastebinに積み上げた「/dust/」スレッドとTikTokのバズは、多分一直線に繋がっているわけではないと思うのは、熱心なファンというのは実は広報ではないということを私は知っているからだ。
彼らは実はバズとは遠いところにいる。「おすすめの音楽は?」と聞かれるたびに「Dusterというバンドがいて…」と話し始める宣教師のような人や、何度引越しても『Stratosphere』と『Contemporary Movement』のレコードを捨てなかった運び屋のような人だろう。きっとフォロワーも少なく、ライブに行く時も誰も連れずに一人で来るはずだ。
ある人がebayで買った中古レコードには、下記のようなメモが入っていたというエピソードがある。
「Dusterは過去15年以上、私にとって非常に重要なバンドでした。どうか大切に扱ってください。Up RecordsとDusterは、95年から05年の10年間における音楽史において、非常に特別な存在です。お元気でいらっしゃることを願っています。」
先ほど、レコードを手放さなかった人のことを「運び屋」に例えたが、この人こそが真の運び屋な気もしてくる。
このメモに重心を置くなら「手放し方」の話もできそうだが、違う。単に手放すだけでも誰かが勝手にそれに出会う。「渡す」という身体ではなく、人と人の間に時間と場所を差し挟む“落とし物と拾い物”(— 福尾匠, 2026)という関係性において。私はこういうテロリズムに似た何かが人の人生の形を変える(傷付ける)瞬間が好きだ。
このメモはとても大切なものだ。
不思議なのは、音楽との出会い自体の大切さと、出会った人にこのメモが手渡したものの大切さは切り離されている感じがするところだ。
ブラウザ越しに画像で見ただけの私でさえ「そうか…」というような気持ちにさせるこのメモは、何かが自分の中に「座る」イメージがある。
音楽と出会うことも、サムネイルに惹かれてタップすることも、言ってみれば人の心を「立ち上がらせる」ものだが、やはりこういう強制的に座らせるものとの両輪がなければ文化にはならないだろう。
さて、話変わって、私にはジ・オクトパスという音楽家の運び屋としての側面がある。
Dusterよろしく約20年間、彼の音楽を「良い」と言い続けている。
5年前に彼の『Octopus Tapes』と『半夏生』という作品を出して以降は、同じように「良いと言い続けている」人が少しだけ増えた実感があるのだが、それまでの13年間は私しか言っていなかった。褒めて欲しい。
驚くべきことに彼は今年、19年ぶりにアルバムを作った。
そのアルバムは傑作で、それが傑作であることを、私よりも高い解像度で見抜いた島崎森哉が運営する造園計画というレーベルからリリースされた。
もし、ジ・オクトパスが、何かの間違いでたくさんの人に聴かれることになるとしたら、それは私が20年間保存してきたものとほとんど無関係にそうなるんじゃないかという気がしている。
そういうことはきっと、運び屋でも宣教師でもなくミツバチのような人によって成されるはずだからだ。それが花であることの証左として。
翻って、私のやってきた活動は、総じて人を座らせるメモのようなものだったかもしれないという反省がある。私の音楽は、自分のことを花だと思っている庭園の砂利のようなものかもしれない。これからもこの砂利の上に座ってもらうことになると思うので、ブルーシートは持ってきてね。